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日本代表!!
「ありがとう」とか「おめでとう」とは、まだ言わないですよ。 吉澤です。

サッカー日本代表。スンゴイですね。興奮しちゃいました。
大会前の試合ではダメだったのに、大会に入ったら快挙!ですからね。惚れちゃう。

でもウキウキするばっかりじゃ真剣にやってる選手たちに申し訳ないってものですから、私は今大会の日本の活躍ぶりから学びたいと思うことがいくつかあります。

基本的に身体能力というのは半年以上かけて徐々に高まっていくものなので、大会に入ってガラッと強くなった理由は身体的なものではないでしょう。それは技術も同様ですし、しかも普段から切磋琢磨しているプロの選手たちは、むしろ伸びしろが少なく急激な変化は起こりえないはずです。

しかし、もっとも重要で、もっとも影響力のある部分に、大きな伸びしろが残っていたと私はみています。

それは「こころ」です。

心技体といったときに、体は現実に直接の力を働かせる物理空間系のハードな要素、技はダイナミックな時間軸をもった要素、そして心はそれらを駆動させる指揮統括系のソフトな要素だといえます。
鍛え上げた肉体も、磨き上げた技術も、それらを使うべきときに使えなければ何の役にも立たないことから、まず心が重要である。だから「心技体」の順で並んでいるといわれます。

ソフトな要素の変化について、サッカー解説者が語るとおり、岡田監督の采配が当たっているというのが1つ。

日本にはスター選手はいません。今大会、あえて挙げれば本田選手なのでしょうが、「5人抜き」みたいな凄さを持っているというわけではなく、選択肢の多さが目に付く選手です。攻撃も守備も、ドリブルもパスも、シュートもアシストも、どれが持ち味かわからないところが持ち味とみています。
デンマーク戦の3点目はゴール前で本田選手が岡崎選手にパスをしたのですが、あそこで素直にシュートを選ぶ選手だったなら、ここまでの活躍はなかったように思います。ボールを受けた岡崎選手が、一瞬とまどっていたように見えましたけど、そう、誰もがあそこはシュートだろうと思い込む中で、意志の下に最も良い選択をできるところが本田選手の強さの秘訣。
「いったれー!」という感情に負けない、冷静さを失わない。弱気にも勝気にもならない。浮かれない落ち込まない。こころが強いのです。

本田選手を重要なポジションに据える決断をした以外にも、試合中のポジション変更など、岡田監督の采配に唸るサッカーファンが多いようですが、もう1つ、岡田監督はもっと大きな仕事をやったと思うところがあります。

「このまま続けていいんですか?」発言がそれです。

私はわざとじゃないかとみています。最初に聞いたときから妙だと感じていたことに、岡田監督はよく考える性格で、それは戦術でも、発言でもそうです。ポロッと失言するようなタマじゃないでしょう。(ポロッとタマっていいな・・)

もちろん、わざとやったにしても「賭け」だった可能性はありますが、どんな効用があるかは、チーム内問題で崩壊したフランスや、敗退の全責任を取るといったイタリアの監督をみればわかるとおりです。

サッカーは、どうしたってプレーの主役は選手です。監督はボールに触れないのに、全責任を取る立場なのです。
選手からすれば、これは居心地が悪いでしょう。自分が頑張って、なのに失敗したというとき、自分が責められるなら納得もいくものです。でも、現実にはボールに触れることもできない監督が責任を取らされる。
自信家の選手にとっては自分がみてもらえていないような悔しさを感じるでしょうし、チーム愛のある選手にとっては親を人質を取られたような心境でしょう。
あの一件で、それまでは何人かの選手が孤軍奮闘していたような状態から、一気にチームワークが高まったようにみえます。

ボールに触れられない監督は心技体でいえば、心の1点でしかチームに貢献できないのです。どんな仕事でもリーダーの仕事の大部分は心理マネジメントだといわれますが、本当にその通りです。そして岡田監督は見事にやってのけたと思います。


さて、気になるのは日本代表がこのあとどこまでいけるのか。
杞憂であって欲しいですが、正直なところ、どうかな、と思っています。

理由は、こころもまた、脳という臓器、つまり身体に影響されるものだからです。
心技体の言葉には他の見方もあって、心技体心技体心・・・と循環しています。勝ちたいという心が技(工夫)を生み、技を完成させるために体は鍛えられる、そしてケガのない元気な体が気力を生むというサイクルがあるのです。
科学的にいえば、ここまでの好調を支えた脳内物質が尽きてしまうことの懸念です。脳内物質は多少の蓄えがあるものなのですが、使う量より生産される量が少ないので、常に使い続けることはできないと言われます。

水泳のマイケル・フェルプス選手はADHDという発達障害の一種をもっていますが、この特徴が疲れ知らずで底なしの活力を生んでいるという話もよく聞きます。脳という臓器が精神に好影響を与える、体が心に与えるものを極端に表している例です。

日本代表の選手たちは大会前に快感を味わう機会がなかったことがプラスだったと思いますが、決勝トーナメント進出を決めて、何人かの選手は喜びすぎてしまったかもしれません。
喜び慣れていない人にとって、喜ぶということは普段と違う仕事をするようなもの、快感の裏で脳は消耗しているかもしれません。次の試合では、1人の判断の狂いから連携ミスなどが出ないか心配です。


ちなみに、日本と違うチームとしてアメリカに注目しています。
アメリカは先制されてから追いつき2度の引き分け、ロスタイムのゴールで1勝、結果はグループ1位で決勝トーナメント進出。ネガティブな状況での強さが光ってます。ただでさえアメリカではマイナースポーツのサッカー、大した応援もないでしょうに。
オリンピックでも感じたことですが、コーチングやメンタルトレーニングの先進国だからか、ハートが強いなぁ、と。

私も、こころのケアには身体のケアが欠かせないこと、こころを鍛えるには実体験が必要なことなど、心技体の前にもう一個「体」をつける、体心技体とでもいうようなサイクルを意識して過ごしているのですが、この考え方がどのくらい効果のあるものなのかどうか、それを日本とアメリカ、どちらがトーナメントをより上位まで進めるかで見極めてみたいな、と思ってます。


・・とまぁ、なんてかわいげのない日記!
サッカーそっちのけで「昨日コンビニで買ったプリン、めっちゃおいしかった(はぁと) 暑くなってくるとこういうのがおいしいよね~♪」とか書いたほうがモテたろう。惜しいことをした。
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【2010/06/25 14:05】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
とめどなく日記
息抜き。中休み。・・なんかエロチックと思うのは私だけ? 吉澤です。

やや激務でしたが、久しぶりに「お休み気分」になってます。
ネットに、テレビに、マンガ。ひさーしぶりです。

ごはん食べながらバラエティ番組をみていたら「美人角」というのが紹介されていました。
眉尻と口角を結ぶ線を顔の左右両方に引いて、交わる角度が45度だと美しいということでした。

さっそく美的平均顔画像を測ったら男女ともに、確かに45度でした。
でも眉尻じゃなくて目尻が決め手じゃないかな。眉は描くものなので。と、偉い先生にたてつくワタシ。

しかも、すこし測る位置にコツがあるみたいで、目尻は目の切れ込みの端ではなく、顔の外側に向かって自然にシャドウが入る位置を、口角も切れ込みの端ではなく、より内側の、唇のアーチが自然につながる位置をそれぞれ基点とすると「美人角」が生まれました。(これらの位置は視覚的な目尻と口角のことです。身体的に厳密な位置を取ると間違いっぽい。美は視覚的なものだものね。)

それと、試しに自分のノーメイク顔も測ってみたら、なんと45度でした。そして、ザブングルの加藤さんも、かなりイイ線いってました(悔しいです!)
つまり何が言いたいかというと、これだけで決まるものでもない、かな、と。

でも、私の顔に目尻を延長するようなメイクが似合わない理由がわかった気がします。
こう、流し目がエロ~い女豹みたいのに憧れてやったことあるんですが、なんか、すごく、オカマっぽくなるんですよね。なので、幼げになってしまうけどセンターしか強調しないようにしてます。横に強調するメイクだと角度が崩れてしまうからかな。

こんなカンジで、「美人角」は目や眉をどのくらい横に伸ばすかの目安になるのかも。
ちなみに、ヒトの顔の性差について過去記事があるので、よろしければドーゾ。「女性は美しい」という価値観とかGIDとフェティシズムを分断する意味で、性差と美を別個に考えています。


あと、あと、今日はですね、暮らしに娯楽を取り入れようと思い、マンガなど物色してきたのですね。

書店をブラブラしていて目に留まったのが「Unな彼女」というタイトル。
女装男子のカレと、レズビアンのカノジョ。というラブコメらしい。(出版社サイト
本家の人がみたら怒る人もいそうだけど、こんな内容のものがアチラコチラで連載されてるって、世の中変わったなぁ、と思ったり。

んで、ちょっと欲しかったけど、よく考えたら「なんで私がわざわざフィクションで読まにゃならんのだ。リアルも似たようなものじゃないか。」と、買うのをやめました。

マンガの内容とかぶるけど、私を好きだという女性は「男っぽい男がダメ」という人が多いです。じゃあレズビアンか?と問われれば、ちょっと違うと思いますけどね。

性指向や性行動の作動はホルモンやフェロモンと脳の機能との関連について多く知られるようになっています。身体的に男性の私から男性型の受容体に適合するような物質が飛散しているとは考えがたいですから、そんな私に性的興奮を覚える女性はおそらくヘテロかバイで、それと別に心因性の男性嫌悪を若干もっている、と分析するかな。父親との関係が上手くいっていないのではないか?とか深読み。

話が難しいほうに逸れるからヤメヨウ。

なんか最近、自分がバイだということを強く意識するんですよねー。
意識としては「バイの女」としか思ってないです。トランスジェンダーな部分はどこいった?
ここらへん、マンガとは全然違うかー。


と、まぁ、日記みたいなカンジで。ピンク色を多めにしたのは飢えているから さみしいからですね。
ピンク色が気になる人は愛情が欲しいのかも。色もこころのバロメーター。

最近、バイなことを意識するのも、関係ありそうかな。
また恋愛で悩む周期に入ったのかなー。
こんなまとまりのない文章をポストしてしまうなんて、乙女化しつつある証拠とか思ったり。

まいったなー、このゆらぎ。
GIDじゃなくてDSDなんじゃないかと思う日もあり。新井祥さんみたいな?それはないか。
(クラインフェルター症候群ではないでしょうが)X染色体が不活化を免れるケースってXY染色体にもあったっけなー。その場合、クラインフェルターではないが似た症状が出るんじゃなかろうか。でも常染色体による性差もあるってことだし、性染色体だけでモノを考えるというのも・・。新しい文献探そうか。とかなんとか。

悩んでるというより、すぐ難しいほうにいくのが楽しいという性格が問題な気がする。

ま、何でもいいんですけど。生き方については、とっくのとーちゃん(?)さんざん悩んで十数年?
身体が弱いのがなんとも辛いから、それだけ気になってはいるけれど。完全に身体の問題だわ・・。死活問題な気もする。


チラシの裏と化しましたが、だいたい吉澤の脳ミソはこんなカンジです。
とめどなく、とめどなく。記事にならないなー。
【2010/06/25 00:59】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
つれづれづらづれるままに
お仕事で、頭がいっぱい。夢いっぱい。
いっぱいいっぱい。おっぱいがいっぱい。

とりとめもなく、吉澤です。


なんか、お仕事ネタになりそうで書いていませんでした。

本当はお仕事ネタは良いものなんですよね。ビジネスというのはよく工夫されてますから。おこづかいの管理に会計や経営の手法を取り入れるとかね。いいお手本になるものです。

なにより、仕事ができれば(他がどうであれ)認められる部分もあったりしますし、『自分はできるんだ!』と自信をつけていけますから。

・・ところで、こういう『やれる!できた!』という感覚を『自己効力感』と呼ぶのですが、日常のあらゆるシーンでこれがあれば自己肯定感も高まると思うのですよね。

そのためには仕事や趣味やスポーツなどに限定せず、人の持つ基礎的な力を強化していくほうがいいと思うのです。
例えば、直観力、認識力、発想力や思考力、決断力に、表現力。 気分に流されないで意志の下に行動できること、とか。


私の場合、昔はMtFであることが苦痛で、その苦痛を余計に感じてしまうからチャレンジを避ける傾向があったと思うのだけど、これが悪循環だったと思うんですよね。

不安をなくそうとしても、それは無理ってなもので、大切なのは不安を感じながらも一歩前へ出る勇気。
こんな当たり前のことを、私はこの1年くらいでようやく本質が見えてきて(遅w)、やっと大人の入り口に立ったなぁ、と(笑)


少しお仕事の話に戻るのですが、お金のために働いている人に、どうやったら自尊心(自己肯定感)を持たせられるだろうかと、考えてしまう出来事もあり。

お金のために働いていると、労力をお金に変換する作業が『仕事』になり、食べて遊んで寝て労力を回復させ、また変換・・というサイクルになる。そんな充電池みたいな人生って、どうなんでしょう。山場もなく消耗して終わるなんて。


でも、自分の力を振るう、力を振るって振るって、それなら当然、気分がいい。これが『仕事』なら、話は違ってくると思うんですよね。

自分の力を試せるステージが『仕事』という人は、仕事が楽しい。だから労力を出し惜しみしない。だからいい結果も出せる。回復のための遊びも仕事の中にあり、遊びもまた仕事に活きてくる。
「仕事の報酬は仕事」 という言葉と、「仕事は最高の暇つぶし」 という言葉は、同じことを言っているのだと思う。

大人はみんな、こうだと、このはずだと思うのですが、最初は「欲しいものがある」といって始めた学生時代のアルバイトとかだったと思うんですよね。
いったいいつから仕事というものの考え方が変わっていくのか、そのヒントを探しています。
私の場合は、本当に欲しいものが、お金で買えないものだったから、かな。MtF的な意味で。

「幸せになりたい」という言葉のおかしさに気づかない人に、何を教えられることがあるのだろうかと、頭を悩ましたり。

(メモすると・・、)
幸せは『今』ある感覚。「なりたい」というのは『未来』で獲得するということ。
「なりたい」と思う以上、『今』に幸せはないでしょう。『今』にストレスがあるからこそ、『未来』を変えるために動けるのです。歴史的な偉人は幸せな人生を送っていない、そういうものです。
幸せで「ありたい」なら、『今』自分が持っている全てに価値を見出すとかして、変化のないまま、ありのままを受け入れること。幸せが『今』あることに、気づけるか、気づけないか。そこが分かれ目だと思う。


ということを、本人に直接言っても伝わらないだろうからブログに遺してみる。
冒頭のほうで挙げた、人間の持つ基礎的な力が育ってくると、自然と理解に至るのだろうと思っています。

なので現実では試練を与えるワタクシ。
憎まれもするので、それがけっこうストレスなのですが・・(苦笑) 他の場もあるのでバランスは取れているのかな。上の人たちが「それでいい」と言ってくださるのと、本人の成長をみるのが救いかも。


でも、そろそろ自分も一皮むけないと、ある意味むけてるが、 尊敬する人たちのようにはなれない気がする。
いよいよ6月も終わりに近づいてきたし、何か、何か。

基本に立ち返ってみるのもいいかもしれない。
【2010/06/18 23:46】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
半年たつから抱負を再チェック
6月、6月、6月。と書くと不吉なカンジ。 吉澤です。

うかうかしていると今年も半分終わっちゃうんですよー。わーわー。

ここはひとまず書きたいネタは脇に置いておいて、今年の抱負を再確認しようと思います。まとまらないけど。雑記だけど、忘れないために こころがけフォルダに入れよう。


容姿をどうのというのは優先度が低いので、支援関連のことだけメモ。
ちょっと脈絡なく書いちゃうかも。

しかも、真面目かも。ごめん!


(主に性同一性障害の)支援を考えるときの難しいところメモ

・医療レール問題
とりあえず名付けた。GIDに限らない。私も全く別のことで知ることになった。
これは、クライエントが医療者に勧められるまま and/or 求めるままに、治療が次々と進むことで起きる問題。
医療の現場ではインフォームド・コンセントによって改善を図っている。

しかし、私が思うには、医療者は科学として話をしていても、クライエントは宗教のつもりで聴いているようなフシがある。これがインフォームド・コンセントを行っても依然としてトラブルが起こる原因なのでは・・?


・SRS後の問題
GIDで、上述のレールに乗ると、しっかりとした理解と納得、将来の展望のないままSRSまで終えることになる。
SRS後も苦悩する・生活に苦痛がある・過去を捨てようとして孤立する、などの問題がある。
治療期間中に、こころの強さを手に入れていなければ、むしろ鎧を剥がされること・過去を暴かれることに不安を強めるのでは。
当事者間ではSRS後の心理について、あまり語られていないように感じられるのが気がかり。


・苦痛の根本原因、及び二次障害・合併症などの問題
GIDの訴えには、抑うつや不安が強いケースも多い。
また観察的に、発達障害の潜在や自己肯定感の低さなどが複雑に絡み、パーソナリティ障害の合併も多いとされる。

これらの回復のカギは自己肯定感の回復にあると考える。発達障害でも喜びを感じて生きている人は大勢いるし、パーソナリティ障害も同様だ。自分も周囲も気づかずにいる場合もとても多い(これらの場合にはもちろん、障害とは呼ばれない)。

日常生活に機能的な不便さがなければ、これらは長所・短所として個性を形成している要素であるが、そのような自分の良さに気づくには相応の経験が必要になる。そのため、数ヶ月・数年単位での教育的関わり合いが回復を助けるのだけど、これを月1回だけ顔を合わせるような関係の医師が行うことは難しい。

予防には、教育の取り組みや、あたたかな地域ネットワークの構築が不可欠になると思われる。現行の当事者には、専門員のいる機関がスムーズに紹介されるような組織作りが欠かせないと思う。


・支援的な地域ネットワークの構築
教育的関わり合いは、インターネットでは成立しにくい。なぜなら、「先生・先輩」が気に入らなければ容易に逃げ出せるからである。
指導を行う人物として相応しいのは、両親や祖父母、兄・姉など、恋人、配偶者、教師、会社の上司、地域に暮らす人生の先輩たち、である。

しかし、そもそもの自己肯定感が下がった原因がこれらの人物との関わり合いだったとも想像され、ここに発生する感情的な悪循環が解決を難しくしている。

社会活動家・芸能人などの社会露出的な働きはこの分野に対して大きな意義がある。いってみれば、逆に世の中に対しての教育的関わり合いを持とうとしているといえる。
反面、世の人だけでなく、「こんな人たちの真似はできない」と消沈してしまう当事者もいると思われ、活動が局在化することも懸念される。
ネットワークづくりのためには、どれだけたくさん、異種異様な人々を巻き込めるかが重要とされる。


・マンパワーとシステム
支援活動は、人の情動に関わることも大変多い。そのため、システマチックに処理することは容易ではないと思われる。
とはいえ、今までも多くの人が頑張って取り組んできて、それでもまだ解決しないからこその社会問題である。本質的解決のためにはブレイクスルーが求められているのではないか?

私は1マンパワーしかない。単位として使うのかよ
平らにならせば誰もが1マンパワーしかないはずだけど、人により割り振りが違う。

私の持つ力で、私だからできることは何か? それは誰のためのものか。そこには自分も入るのか。どこまで何がやれるのか。何をやらねばならないのか。
目の前の1人だけは救ってみせるという意気込みは、生涯で1人しか救えなかったとの後悔にならないか。
多くの人を救いたいという想いは、誰も救えなかったということにならないか。

このアンバランスな感情と障壁を破るものが必要になっている(これは私の中の問題ね)。



・情報の混乱
・・について書く時間がなかったとです。軽く触れます。

GIDについて、インターネットで手に入る情報は2000年頃からほとんど変化していないように見えます。中には歪曲して編集されたと思われるものもあり、これが混乱の元になっていると思います。
このようなトラブルに対して今できるアドバイスは、必ず専門機関に相談する、ということ。でもそれがどこかって話ですよね。すみません。しかも、ある程度密度の濃い関係を築くことを勧める立場としては、相談というのも、どうか。質と量が、うーん。

できるだけ正しい情報が欲しいと思うなら、書籍を新しいものから順に読んだほうがいいです。研究報告書は一般には閲覧できないでしょうけど、医学書などは専門の書店にはあるんじゃないでしょうか。(めちゃくちゃ高いけど・・)

性自認に基く語りは、どうしても主観が多くなります。しかし、客観的にみるからこそわかることもあります。自分を知りたいとき、研究書籍は役に立つでしょう。
当事者の手記は大変に胸を打ちます。これはがんばりたいときに読むのがいいと思います。



まぁまぁ、問題点は洗い出せたのかな・・。まだあるでしょうけど。
ここからまた先を見よう。
【2010/06/08 23:05】 | こころがけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
クールビズでもスーツはお嫌い
クールビズ。吉澤です。

衣替えしたなんて人も多いのでしょうか? 予報では今週はグングン気温が上がりそうですものね。

ちなみに、私はスーツを着るのがダメです。なんか悩ましい気分になります。
完全拒否ってワケじゃないけど、着ると集中できなくなるというか、男物なんて、どこかコスプレ気分で真面目な気分にそぐわないと思ったり。就職面接なんて、どんな気分で臨んだらいいものか、散々悩みました。結局は私服でいるので克服はできていないという。

だから、性同一性障害か。



あ、立場上、医療用語の扱いについて注釈をいれますが、私がブログで『性同一性障害』と記述した場合のそれは医療の言葉を意識するようにしています。

医療というものを大雑把に説明すれば、『日常に苦痛や困難がある』のなら、その回復の助けをしようと考え、そして、そのような状態を疾病、─ ざっくりした言葉でいえば攻略すべきタスク ─ 、としてとらえて治療や支援をします。

なので、俗にいう『本当の性同一性障害』というものは医療の言葉ではないです。本当の身体障害や、本当の脳梗塞、なんて言い方をしたら、おかしさに気づいてもらえると思うんですけど。
このへんの気づきは、家族や会社の人たちのためにも必要かも。強烈な症状の中にいる当事者には、受け止め難いものもありますからね。


私もだいぶ迷走したので、実はこんなこというのは恥なのですが、だからこそ伝えておきたいです。
まぁ、強い失敗体験がきっかけで進む道もあるので、善し悪しでは語れないですね。
それに昔の恥をいつまでも気にするほどウブでもいられないし。


恥さらしついでに、私のクールビズ。

milip.png


最近、古いファッションポートレートみたいな白黒写真がクールだなぁと思ってマネっこ。そのクールかよ。
人物写真を撮るクセがないので新鮮で楽しいです。自分を撮るなら気兼ねないし、タダだし、いいもんですね。デザイナーの友人にちゃんとカメラ使えよって怒られそうですが。

格好は、ちょっと憧れのモデルさんを意識したカッコイイ系。アンドロジーニーなスタイルなのかな。ボーイがボーイッシュにしたらこうなる。というか、

boy.gif
   ~あの頃のボクら~

とか、無駄にヘンタイ青春コメディ(??)みたいなロゴを登場させてみる。
すみません、遊びです。

それにしてもこんな格好でいいのだろうか。好きなんだけど、色気ないですよね・・。これでメイクして巷をウロウロしてるわけですが、ほとんど反応をもらえなくて少しさみしい。何かが読み取れるのは直接に応対する人くらいです。

あ、
もしかして、背景に埋没しているのかしら。新しい埋没系。スネーク!

とか言ってる場合じゃない、でも「変わり者だけど、フツーの人です」と表現するのは、頭がパンクしそうな・・。さりげなく おでんの具がいつもと違うような曖昧さ。?


ちなみに服は全部合わせても\10,000いかないチープファッション。
財布の中もクール。

・・・

今ちょっと、オヤジギャグに歯止めをかけるために、ホルモン療法を受けようかと、思いました。あ、止まりませんか、そうですか、そうですよね。

どうしよう・・。宿題にさせてください、先生・・。
【2010/06/01 23:32】 | 2010 | page top↑
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