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パーティーへ、行ってきたよ
行ってよかったです。吉澤です。

昨日、友人の結婚式、二次会が無事に執り行われました。
新郎新婦とも素敵でした。心から祝福させていただくとともに、今後のご多幸をお祈りしております。

(例によって長いので、おヒマなときにどうぞ。です。)

性的マイノリティの友人などを見ていると、『結婚』というものに敏感になってしまう人も少なからずいて、私も一般の結婚観の通りには歩めないことを痛感してきていますが、今回のパーティーに参加して、体感して、やっぱり、心通じ合う人たちに囲まれて祝福を受けるというのは、いいものだな、と思いました。

正直に告白すれば、報せをいただいたときに考えていたのは、如何にして『欠席』するかのほうでした。「自分だけ、場違いだ」と思いました。
でも、「それでいいのか?」と、楽なほうに逃げているだけと気づきました。迷ったら難しいほうをとるのが、私が自分に課したルールでもあるので、まぁ、そのせいでいつも時間も体力も厳しく、恩師らからは「修行しすぎ」と諭されますが、私は弱いので、その分たくさん鍛えないと、自分の弱さに負けてしまいますので。
もう、それだけは嫌なんです。

『出席』を決めてから1ヶ月あまりにわたって準備を進めてきて、その様子はこのブログでも少し掲載してきました。
振り返ってみるとわかるのですが、見かけの上では服をどうするか髪をどうするか、そんなことばかりですが、本当は、そうやって不安を拭っていき、当日に堂々としていられるかどうか、に最大のカギがあります。

受験勉強中の学生や、発達障害を克服しようという人たちや、GIDで性別移行期にある人にも、「自分は十分にやったから、もう大丈夫。これでダメなら仕方ないことなんだ」と、そういうスタンスが見えることがあります。
諦めるとか、開き直るとか、これにはマイナスのイメージがあるからこそ、受け入れるには覚悟がいるし、受け入れるには、今の自分の小ささを認めて、その上で自分の枠を壊して“うつわ”を大きくするしかない。いろいろ苦しいわけです。

何かに対して嫌悪感があるとき、どうしても嫌悪の対象に意識を奪われがちになるけど、本当の発生源は自分の内面にあるということを、この1ヶ月あまりの“もがき”を通じて、実感することができたと思います。
いずれ、「修行しすぎ」なとこも、何かの悟りに変わるんでしょうね。まだ全然見えませんが。

まだ若いつもりだし、もがいてるくらいでいいんでしょうけど。

個人的には、精神的に得るものが多いパーティーでした。
あ、もちろん、一晩明けて、シャッキリした頭でこう思うのであって、パーティー中はフツーに盛り上がってましたが(笑)

~~~

ちなみに、もともとの懸案事項であった性的なルックスについて。いや、もともとなのに「ちなみに」ってなんだ?
だいぶ低い扱いになってしまいましたが、こちらのほうも満足のいく結果だったと思います。

仲の良い友人でも半年以上会っていなかったので(どんだけ人付き合い悪いんだワタシ)、まず言われたのが「髪伸びすぎ!」でした。
それより先に、私に気づいてもらうまで苦労しました。気づいてもらうっていうか、私から声かけましたけど、招待客の中では一番付き合いが短いほうだと思うので、“はずれてる”というか、“はぐれてる”というか、ええもう、人見知りなのに頑張りました。
人見知りだというと「違うだろ」って言われるんですけど、超人見知りです。だからこそ突っ込んでいるだけ。理由は上述していましたね。「苦手だから、やる」です。


面白かったのは、(嬉しかったのは?)、「女にみえる」って言ってもらったことですね。
まぁ、同じメンツでも前々から言われることはありましたが、新しいパターンとして、


友人Aと歓談し、私が一旦席を外して戻って、今度は友人Bの隣へ。
そしたら友人Aが、
「Bさん、どこの女の子と話してるんだろ?」
と思った。

とのことで、「へぇぇ~~」と思いました。

印象を覆すのって難しいんですよ。
友人らはすでに面識がありますから、それが別人に見えるっていうのは、面白いことです。マンガなんかじゃ、女装したら誰も正体に気づかない、なんてことがありますけど、ちょっと近いですかね。でも私には女装したという意識はありませんけど。
どっちかっていうと男装ですかね。『COMME ÇA DU MODE』の女性店員さんみたいな感じ、って言ったらわかるでしょうか?パンツスーツ姿の。

ファッションは直前に再調整したら、レディスアイテムはシャツだけになったのですが(それもジャケットで隠れたし)、まぁ、よかったみたいですね。自分でもかっこよくまとまったかな、と。黒系のアイテムばかりだったので、華やかさを出すのに気を遣いました。葬式みたいになっちゃいけないですもんね。
黒は何にも染まらぬがゆえに、強く、純粋な色、って、好きな考え方です。

ヘアとファッションについては友人からも話題に挙がりましたけど、メイクには誰も気づかなかったっぽいです。
LadyGaGaばりの派手メイクは下手なんですが、ナチュラルメイクの「ここまでならバレない“ライン”」を探るのは得意かもしれない。


トータルでいって、変に注目を浴びることもなく、モブの役割を全うできたかな、と思います。
失敗があったとすると、受付で前の人にくっついて新婦側の列に並んでしまって、新婦のご友人と思しき受付のお姉さま方にお手数をかけたな、と。完全に女性のリストから私の名前を探してましたね。リストは新郎側と同じシートだったとはいえ、新婦の友人≒女性が多い、このあやしいヤツも女性だろう、と思ったかどうかわかりませんが、ミスリード(?)を誘った気がします。

あとは毎度のことですが、紳士トイレにいると、次に入ってきた人を一瞬動揺させる、という。なるべくロン毛のあんちゃんに見えるように振る舞い(ア~、ダリィ~。みたいな所作 笑)に気をつけてトイレを使うのですが、特に手洗いのときは相手に対して背中で表現しなきゃいけないので演技が難しい。もっとバチャバチャとガサツな感じに洗うといいかも。
いつもTPO考えてトイレ選ぶんですけど、中性的な感じにしている人って、どっちのトイレ入るにしても大変じゃないですか?あんまり気にしない?

女性用トイレだけ『音姫』が完備されてるの不公平。とか、どうでもいいですか、そうですか…。
知らないでしょ、男女諸君。トイレ格差を(笑)

ま、私、『音姫』きらいですけど。
かえって恥ずかしいわ、「今してます!」みたいじゃない?アレ。

トイレの話に脱線すると長いのは変人だからですかね。

~~~

今回、結婚について、また違う見方を見つけられてよかったです。
結婚制度についてはよくわかっていましたけど、それとは違う『結婚』があることも知っていたので、それがどういうものか体感できたのがよかった。
やっぱり、みんなに祝福されるってことに尽きるんでしょうかね。

自分の場合、どんなカタチになるか想像もできませんが、友人や、何より両親に祝福してもらえるように、なれたらいいなと思いました。
まだまだ、結婚どころか、一人前としても認めてもらえていないと思うので、差し当たり親を超えるというのが目標ですが、高い高い壁です。超えようとするほどに親の偉大さを知ります。
なんというか、子どもを育ててみないことには、超えようがないものです。子を育てるうちに人は親になるもので、親もまた常に成長しているものなんですね。やっと人になりかけの私が追いつけるはずもないですが、いつか同じレベルにまでは辿り着きたいものです。


新郎新婦様、こんなつもりで招待したわけではないと思いますが、私にとって学び多き機会となったことを感謝いたします。
そして、もしこのブログを見つけてしまっても黙っててください(笑) 真面目に書いた分については気恥ずかしいですから、やっぱり私は「変なヤツ」くらいでいるのが、ちょうどいい。ちょうどいいHONDA。

最後まで読んでくださったあなたにも感謝いたします。
今後はいつもよりキレイな吉澤(当社比)を心掛けて精進します。
【2010/11/14 13:00】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
パーティーヘ ~ヘア編~
ぽきぽきぽっきー。

私が言うと、すこし、いやらしい…。 吉澤です。

残念ながら今週の始めにポッキーを食べたため、本日はナシです。
ちなみにグリコ味ポッキーでした。牡蠣をお菓子に入れるという発想がすごい。


さてさて、結婚式の二次会に向けての準備が続きます。
といっても、最近はずーっと忙しくて、ライフワークというかボランティアというか、そういうあたりまで手が回っていない状態。ほぼ仕事オンリーな日々を送っています。

なので、ヘアスタイルについて何のアイデアもないまま、とにかく時間があるときに!とばかりに美容院を予約したのであります。(キャラぶれた)

行きつけの美容院に着いたら早速相談。
自分もデザインをやるから、というのは理由にならないかもしれないませんが、「こういうのはプロに任せておけ」というのが持論です。
いつも、なぜ髪を切りに来たのか、から話をして、どこが気に入らないか、どういう雰囲気に持っていきたいか、を伝えてます。ここは何cmだとか、レイヤーをどうたら、なんて話はしないでいいと思うんですよ。口には出さないですけど「あなたに任せます」という信頼と、「どんな結果になっても構いません」と責任を負う覚悟だけあればいいと思います。ダメなら自分の人を見る目がなかっただけの話です。

なーんて、難しいことを考えながらイスに座ったわけではありませんが、こういう考えなので基本的にヘアカタログを見ません。結局、頭の形や毛髪の生える向きが人それぞれに違うので、カタログで見た印象とは違っちゃうんですよね。ウデのある人だとソレっぽく見せてくれますが、私のウデじゃセットしきれないです。これがでかい。


相談を終えて、今回は整えることをテーマにつくってもらいました。
毛先をチョキチョキ、毛量を調整して(と言っていた)、前髪も…

前髪…

前髪にもう一度ハサミが入るのかと思いきや、ここで完成!










warashi.jpg

こういう感じになりました。



いや、よくよく鏡を見ると、ヘアスタイルはフツーだ。

顔がヘン。


顔がヘン。


なら仕方がない。


これで勝負してきます。
【2010/11/11 20:56】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
パーティーへ ~準備~
出席することに決めました。吉澤です。

前回の続きで、友人が結婚するのでお祝いに行きたいと思っています。
といっても二次会なので、大変なことはないと思うのだけど。

あ、ここでちょっとこういうお祝い事についてのメモ。

調べたところ、こういうものはだいたい、
『結婚式』
『披露宴』
『二次会』
という感じでやるらしい。
まぁ、『披露宴だけやる』とか、『1.5次会』なんてのもあるそう。(1.5ってなんだ???)

で、私が行く予定なのは『二次会』。主に呼ばれるのは新郎新婦の友人たち。
結婚式や披露宴は親族が出ていて、もっと厳かな雰囲気のものだ。(これは出たことある)

でだ!
前回悩んだところで、服装の問題がある。

こういうことは人生の先輩に聞くべしと母にも質問してみたところ、二次会ならTシャツ・ジーパン、上にジャケット、というスタイルが「むしろオシャレ」らしいのだが、マナー講師などの書いたものでは『基本はスーツ』となっている。
理由は、新郎新婦の同僚が披露宴からそのまま二次会に出席してくる可能性がある。となると、その人たちはスーツかドレスなので、二次会だけだからといっても崩しすぎると浮くらしい。これは安全策ですね。

私が新郎新婦の立場なら、ようやく堅苦しいこと抜きに祝ってもらえる場でもあるので、カジュアル感もあったほうがいいようにも思う。まぁ、友人同士見慣れぬスーツ姿に「似合わねー」なんて笑えるのかもしれないけど。(仕事でもスーツじゃない人が多いので)

う~ん、ちょっと方向性がみえてきた。

そしてジャケットを買った。(早いよ)
私なら、仮に女性に生まれていたとしてもパンツスーツスタイルで行くだろう。という判断。ま、足を出すにしても甘い感じに仕上げることはないような気がする。
ちなみに私が女性として(?)暮らしていたときのあだ名は「姐さん(ねえさん)」

「姐御!」とか呼ばれたなぁ。ちょっとヤンデレ入ってることは潔く認めようとも。

ところで、ジャケットはメンズのものを買ったので、右前なのが心に引っかかったり。
一般に、メンズのシャツやジャケットは、ボタンが右についている『右前合わせ』になっている。レディスは逆の『左前合わせ』。

「仕方ないか」という気分で、せめてシャツはレディスを着てやると思いながらクローゼットを掘り返していると、「アレッ?」
レディスのシャツなのに『右前合わせ』のものが見つかった。

実はコレ、ラルフローレンのシャツ。

公式サイトで確認してみたのだけど、
RalphLauren.jpg
ラルフローレンはレディスでも右前合わせのものがある。(右襟にボタンがついている)

本来、ボタンは右側についていたほうが便利なことが多い。右手(たいていは利き手)でボタンを扱うことができるから脱ぎ着しやすいのだ。
現実的にいって左前合わせというのは利が少ないとラルフローレンの設計思想は判断しているのかもしれない。

うん、気に入った。
衣服には機能性と実用性を求めるほうなので、考えがあってつくられた服は好き。もちろん、フリフリだったりスケスケだったりするのも意図があってのことで、目的に合うのであれば着るだろう。
いくらなんでもいつも作業着のようなものばかりじゃ味気ない。

作業着でも 「や ら な い か」 なんて誘惑のしかたもあるわけだけども。

とゆーことで、メンズのジャケットの下にレディスのシャツという組み合わせが完成。
襟の合わせが互い違いだと変な感じだし、揃ってよかったよかった。
少し華やかさを持ちながらシックな雰囲気のシャツを、なんて選べるのはレディスのラインだからこそ。メンズのシャツは襟とボタン際くらいしか変化がないもんね。メンズシャツでノーネクタイだと胸元が開くスタイルになりがちだし、ちょっとホストっぽくなってしまうし。

あー、落ち着いた。
次はヘアスタイルか。アップにしたほうがいいんだろうか、ageな感じに。飾り気のあるもので留めると“イカニモ感”出すぎな気がするし、どうしよっかなー。
また宿題とゆーことで。


どうせなら服の合わせは全部、右前合わせか、ホックか、ファスナーか、
ベルクロ
でいいと思った吉澤でした。(お母さん世代ってベルクロって言いませんか?)
【2010/10/19 11:53】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
結婚式ですって!
ウヒェ~!吉澤でっす!

唐突ですが、友人が結婚すると連絡をくれました。

しかし私は高校時代の同級生の間で『死亡説』が流れるほど人付き合いがないです。(ケータイが何度も壊れたり、実家も転居したので、直接は連絡がつかなくなった)
そんなもんだから、大人になってからは親族の葬式くらいしか出てないのです。同窓会もなし。何もわからない。こまった。

幸い(?)、知り合ってから浅く、お酒を酌み交わす仲でもないので、先方もそのへんを汲んでか二次会(披露宴とは違うの?)に呼ばれただけなのですが、何もわからない私はプチ☆パニック。
会場をネットでチェックしたところ、「お、おしゃれ、なんだな、」山下達郎 山下清になってしまう有様。
会場の雰囲気と、二次会と呼んでいるところをみると、「あとは若い人たちにまかせて」というような席、というよりパーティー、というかパーリィ!だ、きっと。

だとすると、こまった。服装だ。
「ほれ、ドレスコードとゆーのがあるんぢゃろ?」と今度はなぜかジジイキャラになってしまう。

ネクタイをしめて参加するなんてのは、ちょっと考えがたい。百歩譲って男性用スーツでキメても髪が長すぎる。
じゃあ、IKKOさんみたいにドレスか?ドレスなのか!?

それもない。
なぜなら友人の前で私はカムアウトしていない。オープンではあるがカムアウトしているわけじゃない。
友人ら仲間内で「女装して」なんて冗談交じりに言われたことはあっても、友人は私が性的マイノリティだとまでは考えていないだろう。

性の話、とりわけセックスの話にでもならなければ、わざわざ話す必要もない。だから話さない。何の意味があって話す?わかってほしいから話すのであれば自分の精神安定剤でしかない。相手が知りたがったときに話すからこそ『染み込む』ものだ。だから明言していない。でも隠しているわけでも、恥じてもいない。言葉にしないだけで、表出し続けている。
─ これが私の「オープンである」ということなのだけど、やはり完璧ではない。こういうことが起きるのか。

ここで性的マイノリティであることを告げてもいいだろう。別に驚かれもしないと思う。MtFといってもわからないかもしれないが、おかまだとかニューハーフという言葉を使えばわかるだろう。『おネエMAN』だと言ってもわかりいいかもしれない。

問題は他にある。
仮に友人は驚かなくとも、参加者全員が了解しているわけではないということだ。

別に卵を投げつけられるとか、牛丼が飛んでくるとか、そーゆーことではない。なんならキャビアを投げなさい。クラッカーに乗ったヤツ、あるんでしょう?坊や。
違う、そうじゃない。私が嫌なのは話題を持っていってしまうことだ。

なぜか知らないが(いや、知らなくはない。生物学的に推測できそうなことだが)、女性には『おネエMAN』が好きな人がけっこういるのだ。ドレスでいっても、いちいちカムアウトしても、場で目立ちすぎる。だが、今回はそういう営業にいくわけじゃないのだ。友人を祝福しにいきたい。主役は友人ご夫妻。私の配役はモブだ。

こまった。
昔から、フォーマルで、ユニセックスなスーツができないかと考えていたが、もっと本気で取り組めばよかった。
『マイノリティが極フツーにいる光景』をテーマに生きてきたつもりなのに、イレギュラーな場面への想像力が足りていなかった。ううむ~。

欠席?逃すの?このチャンスを。『マイノリティが極フツーにいる』ことを示すチャンスなのに?私が生きる理由の1つだゾ。私の人生の問題だゾ。これが含まれなきゃ、どんなこともやる意味がないんだゾ。

チャンスとピンチは表裏一体。
用意がないのは、いつものことか。時間がない。返事は早めにしておかねば。ギギギ。

ってゆーか、ホント、なんで私にまで声がかかったのだ?参加者少なかったのかな?
なんにせよ、わざわざ声をかけてくださったのだから誠意を持って応えたい。最低ラインは欠席・ギフトだな、了解した。勉強した!

がんばるう!
【2010/10/09 23:24】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
涼しくなってきた。走る準備をしよう。
過ごしやすくなってきましたね。 吉澤です。

今年の夏はあんまりにも暑かったので、ずーっと車でエアコンをガンガンに効かせての通勤でした。
そうじゃなかったらけっこう自転車にも乗るヒトなんですけど。

で、そんな運動不足な生活が続いたせいか、下半身のニクが落ちて貧相なカンジに拍車がかかってしまったような。おしりから太もものあたりにある筋肉って全身の中でも落ちやすい筋肉なんだそうで、だからかな?
私はホルモンしてないので皮下脂肪による豊満な下半身は得難いのですけど、もうちょっと肉感が欲しいところではありまして。

そんなわけで、ひさしぶりに走っちゃっおうかな~と思い立ちました。
巷ではジョギングブームも継続中らしく、涼しくなってきた近頃は、夕暮れ時にもなればたくさんのランナーが。他人が走るのを見ていると、ちょっとやる気も復活。とりあえず気が向いたときにはチョロチョロッと走ることから始めます。

そういえば、はるな愛さんが24時間テレビで走りましたよね。 見ていませんが。ボソッ

う~ん、すごいと思います。

すこし解説ですけど、走るということには『距離走』と『時間走』の2種類があります。
学校教育やオリンピック競技など、スポーツ色の強い走りというのは全て「○○m走る」みたいに距離でゴールが設定されています。これが『距離走』です。一方の『時間走』は、「○時間走る」というふうに時間でゴールが設定されているものです。
24時間テレビは性質的に『時間走』ですね。

私も2時間までは走ったことがあるんですけど、そのときに走れた距離は20kmでした。
「やったー、2時間走りきったー。」という達成感もあるんですけど、じゃあ、始めから20km走ろうと思って始めるのと、2時間走ろうと思って始めるのはどう違うのか? と。

もし、20km走るつもりなら、ギリギリ走り切れるような早いペースで走ったり、そんなふうに頑張った分だけタイムが縮む=良い結果が得られるんですね。文字通りの『競争』って感じです。
でも、2時間走るということは、頑張っても頑張っても終わらないし、最終的な走れた距離で評価されるわけでもなく、いわばゴールそのものがないんです。

人間のタイプでみると、プロセス-結果、とか、頑張り-成功、挑戦的で人生ウィナー(?)な思考回路の人にとって『時間走』は無間地獄と呼ばれることもあるそうで、確かにそれまで築いてきた信念が役に立たないわけですから、すごく精神的に衝撃を受けるみたいです。
逆に良いたとえとして、人生を疑似体験するのに等しいともいわれます。寿命がくるまで一生懸命に生きることと重ねているのですね。タイムリミットまで上手に走り続けることは、上手に生きることと同じだというわけです。

私も走りながら、「このランはどうしたらよいか?何をすべきか?」なんて考えてしまうんですけど、頑張りようがないのに「どうしたらよいか?」なんて、当然答えはみつからなかったです。ベストを尽くしようがない。こういうこともあるのか、と。
すると、モチベーションをどう保つかということも浮かんできて、「走らなきゃいけない理由もない。」とか「やめたっていいんだ。」と、なんせ苦しいので弱い心がチラチラと。

結局、ラクに走り切るには頑張らないことが肝心なのだけど、ドロップアウトはダメ、あきらめちゃダメ。そもそもスタートしなければいいなんて論外。そんな走りなんです。
なんてゆーか哲学。スポーツというより修行って感じ。

何度か走るうちにわかってくるのが、「突っ走りすぎれば苦しいだけで終わってしまう。手を抜きすぎれば悔いが残る。」ということ。
だから、適度に頑張りつつ、けどやっぱり記録のことは考えずに、景色がきれいだなー、とか、他のランナーに「こんにちは!」と挨拶したり、通りすがりの年配の方に「若いねー!」と声をかけられたり、そういうのが良かったなぁ、と記憶に残ってます。
やっぱり人生っぽい。

ちなみに私が2時間走ったときは、はるな愛さんと同じく左ひざを痛めました。軽かったですけど。
それより短い距離の10kmのレースに出たときのほうがヒドイ故障をして、そのあと数ヶ月も走るのを禁じたこともあります。だから故障は時間と距離によるというより、頑張りすぎによる。限界を超えてしまうとケガをするって感じでした。

もひとつ ちなみに、24時間テレビのような24時間で100km目標で走る、というのに一番近いのがウルトラマラソンという競技です。
ウルトラマラソンはフルマラソン(42.195km)より長い距離を走るマラソンの総称で、参加しやすいものでだいたい50km~100kmくらい。間寛平さんのキーワードとしても知られるスパルタスロンは250kmくらい。
他に、環境が苛酷なタイプもあります。アメリカで行われるバッドウォーター・ウルトラマラソンというものは距離こそ200kmくらいですけど、日中の気温が50℃にもなるデス・バレーを走る競技として有名です。熱された路面で靴底が溶けてしまうんだとか。

日本で一番苦しいレースは、たぶん日本山岳耐久レース、通称ハセツネというもので、奥多摩の山道を71.5km走るものです。ええ、山道。登山道ってことですね。普通はテントなり山小屋なりに泊まりながら歩く距離をトップの選手は闇夜の中、8時間前後で帰ってくるという。うん、異次元。
まぁ、これはトレイルランニングというやつですけども。私も標高300mくらいの山ならまだ走れますけど、ハセツネは標高1500mくらいまで登ったり下ったり。走って。うん、異次元。

24時間テレビのはヤラセだとか、いろいろ言われるようですけど、普通の人だったら6時間歩き続けるだけでも、そろそろ心が折れてきますから(私がそうでした)、やっぱりすごいですね。
市民ランナーのレベルであればウルトラマラソンの途中で休憩したりご飯を食べたりは怠けてるんじゃなくて、むしろテクニックとして練習するくらいなのでバッシングの対象にならないです。(休憩や栄養をとるタイミング・内容にもノウハウがあります。場合によっては仮眠をとる人も。)

書いているうちにますます走りたくなってきたなぁ。
これからひとっ走りしてこようかしら。
【2010/09/18 18:41】 | 2010 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
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